2003年10月09日 〜 この世の終りが来た

こんなヌルい気持ちで大型免許でもとっておこうかな?と思っていた矢先のことでした…。

悪夢が突然と降ってわいたのでした…。もっとも、悪いのは私なんでしょうけどね(T^T)

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三鷹にある仕事場へとマジェスティをブリブリと飛ばしていたてきぢゃ。いつものように環七(東京の大田区〜葛西臨海公園までをぐるりとつなぐ約50kmの環状道路で、南北への幹線道路の少ない東京23区では非常に貴重な主要道)は渋滞でノロノロ。
時間に余裕をもって出かける私も、予想外の渋滞で時間とガソリンばかりが虚しく消えていく…(/_;)
あまりイライラしないてきぢゃであっても、このような状態で、なおかつディーゼル・ガソリンの複合毒ガスを長いこと吸い込んではプチトランスになろうというもの。。。爆死
「もはや容赦はすまい!」の『漢』〜“おとこ”と読んで下さい〜の気概を胸に秘め、僅かな隙間をすり抜け始めた!
途中、ベタ混みの環七を諦め、『大原二丁目』で西へと急左折し井の頭通りへと逃げると、遅れた時間を取り戻そうとアクセルをグイグイと回す。
「なにがあっても止まるものか!」のカコイイ覚悟で爆走すると、なんと前方の行く手を阻んでいた京王線の『代田橋駅』〜『明大前駅』の踏み切りさえもが『いらっしゃーい』と開いたではないか!
無論、そのまま何も考えずに駆け抜ける。なぜならば踏み切りで止まると後続車にも迷惑がかかるから(…と当時は思った)
時速はおよそ80km(警察発表)で…
と、その時だ! う〜! という妙なサイレンが後ろから追っかけてくるではないか! 
始めは「誰だか知らんがお気の毒様」程度にしか思わなかった私、しかしその『お気の毒様』がなんと、残り減点『-2』の『てきぢゃ様』だったとは正直、この時には気づかなかった。
そう、この『和泉上水道地区』はネズミ捕りのホッとスポットであったのだ…。この当時はそんなことは露知らず、踏み切りでの停止義務を80kmでブッ千切ったてきぢゃの前後に白バイがはさんで行く手を止める。
「時間がなかった」「急いでいた」「止まったはずでは?」「頼む、今回だけは…」
アノ手コノ手で言い訳し、本当に甲州街道の歩道で土下座までして助けを請うものの『これにサインして』と渡されたのはなんと『-2』の減点切符。
「中免、なくなっちゃうんスが、どうにかなりませんか?」と懇願してみるも、「じゃ、再試験受けてください」とアッサリ…。
その再試験ったって、800人受けて2人と通らねーじゃねーか!?

激欝…。

免停決定…。そして終了。。。(/_;)

さようなら、僕のマジェスティ。。。

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