その事件は、いつものように平和でキツキツの午後に、突如やってきた。
会社で真面目に仕事をしていた私に、母親から電話がかかってきたのである。
「空き巣に入られたのよ〜っ」と言う。
それは一大事である。
真面目な私はせっぱつまっていた仕事を放り投げ、これ幸いと家へと急いだ。
だが幸いだと思っていたのは無論、家に辿り着くまでである。
幸せになれそうだと思うのは無論、結婚して1年までである。
我が家に辿り着いた私は、母に教えられて見に行った風呂場でしばし呆然とした。
風呂場の窓が割られて、足跡や軍手の泥の跡が、そこらじゅうに散らばっていたのである。何というか、生々しい。
英語で言うと、
freeeesh! | |
ってな感じである。
どうやら空き巣は土足で我が家を荒らし回ったらしい。
いや勿論、靴を脱いで家捜しする空き巣もいないだろうが。
(・・・ところで、「土足で踏み込むような」という表現は、家の中でも土足である
英語圏にも存在するのだろうか。)
なお、警察の話によると、犯人は二人組(2種類の足跡が残されていた)だったらしい。ケッ。一人じゃ空き巣もできない弱虫どもめ!!
現金と貴金属、心持ち多めに被害額を計算したところ、総額1000万だった。
無論単位はウォンである。
なお、円に直すと100万程度である。
ちなみに私自身は引き出しの中の現金3万と、貴金属類がほぼ全滅。
パンツは無事だったのがせめてもの慰めだ。
空き巣に入られてパンツが増えたり減ったりしていたら、しばらくは立ち直れない
かもしれない。
また、実は私の貯金通帳も椅子の上に広げられていたらしく、盗まれたのかとびびっ
たのだが、「貯金額」と「アシがつくリスク」を考え合わせた結果、手を着けない
ことに決めたらしい。
ほっとすると同時にちょっと屈辱的な気がしなくもない。
自分だけセクハラを受けなかったOLの気分である。
が、しかしまあここは素直に喜んでおこう。
ー別に得をしたわけでもないが。
貯金の残高が0になっていたら、私は今こんな風に、したい時に欠伸をするような
精神状態にはいられなかった筈であり、
もしかしたらストレスハゲにでもなっていたかもしれないのである。
だが、こんな風にさらに悪いシナリオを想像して、それより少しはマシだと
自分を慰めてはみても、やはり悲しいものは悲しい。
現金3万円。
シルバーアクセサリー2万円。
思い出、プライスレス。
物より思い出。
だが、物がなけりゃ過去を思い出すことだって出来ない貧弱な脳味噌。
物は大切である。
現場第一発見者である母によると、犯人達は家中の引き出しや小物入れなど、
おそよ開けられる物は全て開けて探っていった跡があったらしい。
何年も開けたことの無かった机の引き出しが数センチ開けられていたり、棚の奥の箱の蓋が開いていたりした。
なお、冷蔵庫の中のマヨネーズの蓋は奇跡的に無事だった。
しかしながら、こんな風に家中を探索した跡が見られる割には、
ひっくりかえっていたり乱れていたり、といったいわゆる「荒らされている」
という状態にはなっていなかった。
そういった意味では「あら盗られちゃったのね〜」的あっさり観があったのだが、
よく考えてみると、これはかなり腹立たしいことでもある。
つまりそれは、彼らのお行儀が良かった、というよりはむしろ、時間があったので
のんびり丹念に家捜しをしていったことを意味するのである。
くそったれ。
そんな暇があるなら私の生写真でも盗んでいけっつーの。ベストセレクションで。
こんな風に、かなり失礼な空き巣達の行動に、私のプライドは小さく傷付いた
訳だが、さらなるダメージを私に与えたのは、意外にも、正義の味方である筈の
警察官である。
荒らされたと思われる箇所を順にチェックしていくお巡りさん。
無論、貴金属類をごっそりやられた私の部屋もである。
ベッドについている引き出しが空いている。
部屋の隅にある小棚が全部数センチ開き、下に物が散乱している。
机の上も何やら荒れている。
「これは空き巣に荒らされたんですか?」
・・・すみません、それは元からです。
そして数日が経ち、我が家は表面的には元の平穏を取り戻したかに見えた。
だが、空き巣に入られたという事実は、我々家族の間に確実に暗い影を
落としていた。
ある晴れた日の午後。
財布が見当たらないことに気付いた母親は、慌てて家中を探した後、
「また空き巣に入られた!」と、警察に電話をしたのである。
数分後、その財布が家の中(何故か電話機の横)で見つかったのは、言うまでもない。