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牡蠣

牡蠣は海のミルクだという。
あのプリップリのはちきれそうな身。
噛んだ時のどろりとした独特の食感。
そして、口の中に広がる磯の香り。

もうたまらない。


たまらなく、イヤである。

昔から魚介類は大好きで、御馳走といえば肉より魚な DHAたっぷりの日本人ではあるが、 どうも牡蠣は駄目で、あれを美味しいと思ったことがない。
何故あれをフライにしてまで食べようとするのか。
何故アレを鍋に入れようと思いつくのか。
何故あんなのが釜飯に入っているのだ(怒)
牡蠣料理を見るたびに、人間の相互理解の限界を感じる。

実際、私が牡蠣を食べたことなど、数える程度である。
小学生の時、牡蠣(生食用)の貝柱だけ親の皿から奪って食べていたっけ。
中学生の時、叔母さんに新宿の中村屋に連れて行ってもらったとき、 安いランチが「牡蠣フライ定食」だったので、遠慮してそれを頼んでしまったっけ。
高校生の時、ニューオーリンズで名物カクテル「ハリケーン」を横に、 生牡蠣を美味しい美味しい言いながら食べまくったっけ。

・・・あれ、美味しいと思ったこともあったんだな。今思い出した。前言撤回。 だが、まぁ今までの短くはない人生で、思い出せる程度しか食べてこなかった ことは確かである。確かでもないか。 また忘れているだけかな、ちょっと自信ない。まいっか。

そして今から約10年前、大学生の時に事件は起こった。
両親とオーストラリアに旅行に行ったときのことである。
何日目かの夜、我々は徒歩で暗い道を何分も歩き、安くて美味しいと 評判のシーフードバイキングの店に行った。
牡蠣やムール貝、エビが食べ放題である。
ガタイの良い外国人に混ざって並べば 「ヤツラと同じ料金払っているんだから」と思わず頑張ってしまうこと必至。 私はパクパクパクパクと牡蠣をお腹一杯食べたのであった。
その帰り道。

私は突如、吐き気に襲われた。
もうふらっふらで、どうにかなってしまいそうである。
カキに当たったんだろうか。
大丈夫?大丈夫?と横で両親が何かを心配していたが、無論大丈夫ではない。
私はHoliday Innの前までよろよろと来てー。

あ、お食事中の皆様、そしてお食事前の皆様にお食事後の皆様、申し訳ございません。
食中食前食後。ちなみに薬で「食間」というのは「食事を食べている間」ではなく「食事と食事の間」のことを示しているので、お間違いなく。そんなことはさておき。

ーーHoliday Innの前までよろよろと来て、整備された道路の街路樹のところで、 入れたときの数倍の速さで盛大に吐き戻したわけである。(同じ速さでなくて良かった。)
その体内滞在時間は約1時間。
いくらバイキングといっても、入れてすぐ出すなんて、勿体無いことをした。
勿論、勿体無いからといって、それを再度口に戻すなんていう 選択肢はありえないので、結局それはそのまま放置してきたわけである。
次の日それを目にする羽目になった人たち、および清掃した人たち、 本当にごめんなさい。
私の清く正しい人生の中で、言い訳の出来ない汚点のひとつである。

ただ、私のほうはというと、吐いたら嘘のようにけろっと治り、 残りの旅行日程は何事も無かったかのように楽しく過ごさせてもらった。 その代わり、あれはカキにあたったなんて大層な事件ではなく、 ただの食べ過ぎだったのではないかという 不名誉な疑いをかけられたのであった。


それから10年。
私は無理に牡蠣を食べることもなく、無事、生きてきたのであった。
TVで牡蠣好きの人が牡蠣を食べるシーンを見ても、 美味しそうに食べるなとは思っても、全く羨ましいとは思わない。
寿司屋や飲み屋に行って、他人が大きい岩牡蠣を美味しそうに食べるのを見ても、 特に羨ましいとは思わない。
思わないどころか、牡蠣を見て、その匂いを嗅ぐと、なんとなく嫌な 感触にムズムズする。
だってソレ、噛んで飲み込んで胃の中に入ったらアノ状態になるわけでショ?アタシ、見たもん!

だが、先日魚介系飲み屋に行った私は、同行者が頼んだ牡蠣を目の前に、 ふとこう考えた。
 私にも牡蠣が食べられた時期があったのだ。
 もし、本当に牡蠣が美味しいものだとすれば、一度悲惨な目にあったからといって  それを知らずに生きるのは、勿体ないことなのではないだろうか。それに。
 
一般的にも、牡蠣は一度あたると、怖くて食べられなくなることが多いと言う。
これはつまり、脳の記憶分野に結びついた過去の感情に、 現在の行動が左右されているということである。
理性が「これは危険なものではない」と判断していても、 記憶が「これは危険」と言うから食べないわけである。
過去に縛られた生き方なわけである。
私は常に理性的であれと思って生きているから、そんな 感情に負けている己というのは到底許容できない。
そう、今こそ、チャレンジのときである。

酔って無駄な勇気が出た私はそう思った。
おおぶりの岩牡蠣を口に含む。

ひと噛み、ふた噛み。

濃厚な磯の香り。


・・・うーむ。


勇気を出して口に入れ、咀嚼し嚥下してはみたものの、 特に食べたい要素が全く見つからなかった。
いや、どちらかというと、やはり、食べたくない。

だがまぁ、無事食べることは出来た。
私の理性は感情に勝った。
己の辛い過去を克服したのである。



その日の深夜2時。

吐き気に襲われ、私はむくりと起き上がった。
「いやー気のせいだよね」と自分に言い聞かせること数分間。
そして、抑えられない激情、いや、激流が一気にーー

あ、お食事中の皆様、そしてお食事前の皆様にお食事後の皆様、大変申し訳ございません。

ーー一気に噴出し、手近にあったゴミ箱に、ゲロゲロしたのであった。
健康な私にとって、約10年ぶりのゲロゲロ。
でも、はっきり覚えてる。この感覚、この臭覚。
そういえば、ラストゲロはオーストラリアの牡蠣だったっけ。
ゲロゲロ後の何もなかったようなすっきり感も、10年前と全く同じだ。
「てへ、また当たりをひいちゃった。」
ゴミ箱を洗いながら、私は鏡の中の自分に向かって、無駄に照れ笑いをしてみた。

翌日、あの時と全く同じ「食べ過ぎたんじゃない」という冷たい反応に反発し、 己の症状を調査した結果、私は牡蠣に当たったのではなく、単純に 牡蠣アレルギーになっていたということが判明した。
もう牡蠣は食べるまい。



※牡蠣アレルギー:
いわゆる牡蠣中毒とは異なる。ノロウイルスとも関係ない。
潜伏期間が短い。(数時間。食中毒の場合はもっと長い)
鮮度には関係ない。(加熱しても駄目な人は駄目)


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