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バランスボール
平日は大抵、会社に行く。
3億円が当たれば、それ以外の選択肢も出てくるであろうが、
今年のサマージャンボも公共事業への寄付金になってしまったので、
生活費を稼ぐためにも会社には行かねばならぬ。
会社に行けば、仕事をしなければならぬ。
時には仕事をしていない時もあるわけだが、
そういう時でも仕事をしているかのようなオーラを
出していなければ、ボーナスの査定にひびく。
そんなわけで、私は勤務時間の殆どを、PCに向かって過ごしている。
一日何時間も同じ光る面を凝視し続け、時々眠気に負けて白目をむいている人間。
猿から見たら、さぞやおかしな動物に見えることだろう。
同じホモ・サピエンス・ サピエンスからどう見えているのかは不明である。
さて、そんな楽しく溌剌としている毎日であるわけだが、
どうもこのPCに向かい続けというのは体には良くないようで、
なんとなくだるい。
基本的に気力がないので、だるいのも単純にその所為かとも思うが、
実際に腰や背中が痛いので、気力の問題だけではないのだろう。
そういえばいつも、足を組んでいる。
そういえばいつも、トイレを我慢している。
そういえばいつも、首を前に突き出している。
もしこういった姿勢の悪さも影響しているのであれば、改善の余地もあるのかもしれない。
というわけで、バランスボールを購入した。
会社での仕事用である。
元々は同じフロアの女の子が使い始めたのが最初で、
その後ぽつぽつと増え始め、既に3,4名が椅子の代わりにバランスボールに座っている。
局所的な大流行である。
聞いてみると特に悪影響もないそうだし、肩凝りが治ったと申告する者すらいる。
(※使用者の感想であり実際の効用ではありません)
事実なら素晴らしい。事実でなくても特にどうということはない。
1000円前後で買えるというので、試しに買ってみる事にしたのであった。
いざ売り場に行って、バランスボールコーナーを見てみると、殆どの商品がそうであるように、これまた松竹梅の価格構成だった。いやらしい。
1000円程度の梅。
3000円程度の竹。
5000円程度の松。
ちなみにフィットネスなんたらとか書いてあるやけに高いボールもあったが、勿論それは最初から対象外。
私はいつものように迷った。
松、竹、梅。
どれを選んだところで、「バランスボール」でしかない。
球形のゴムに空気が入っているだけの物体である。
大して違いがないのなら、財布の中身が減らないほうが良いというものだ。
3億円も当たらなかったし。
ならばまずは梅か。
実際、会社のAさんもB君も梅ボールを使っている。
だが、待てよ。
そういえばC君は松ボールだ。
梅ボールなんて買ったらC君から、「村人その3」とかいう不名誉なあだ名を付けられる恐れがある。
ここはせめて竹か?
・・・いやいや、そんな人の目を気にしてどうする。
今お前は梅で良い、と思ったばかりではないか。
人間中身が肝心だ。その人間の価値は、何を所持しているかでは決まらない。ということになっていた筈だ。確か。
そうして梅を手にとりかけたが、ここでまたしても余計な事を思い出してしまった。
ここにある梅ボールは、多分、B君のボールと全く同じだ。
色だけでも違うのであればそれで問題ないが、恐らくそれも同じ。
ということは、ボールが何かの加減で転がって行ってしまった場合は、
どちらのボールか分からなくなってしまう可能性がある。
「あれーどっちが自分のだっけ?」
「うーん、分からないな。名前書いてない?」
「書いてないよー。じゃあ大きさはー」
「あー大きさも全く一緒だね。じゃあ指紋でも採取するゥ?」
「そうだねぇ。あ、でもゴメン、さっき両方のボール触っちゃった。」
「えー困るよ現場保持してくれなきゃー」
とかいう会話を延々としなければならないかもしれないと考えると、うんざりする。
あるいはー
「あれ、もしかして僕のと同じ?」
「あーそうみたいですねー」
「ということはお揃い?」
「同じだったらお揃いだろうね。」
「もしかして、僕の事・・いや、困るよそんな。突然言われても」
「はー。そうですかー。」
とかいう会話を延々としなければならないかもしれないと考えると、うんざりする。
それを避けるためには、誰のボールとも違うものを選んだほうが良い。
で、梅が除外され、残るは松か竹。
毎回のように迷うフリをして、両方手にとってみたりして、意味なく箱をひっくり返して製品説明を読んでみて、で、結果竹に決定となるわけである。
だってケチだから。
これまたいつものパターンである。
次の日、早速会社にもって行き、朝、しゅぱしゅぱと付属の空気入れで
ボールに空気を入れてみた。
なかなか体力がいる。
疲れた。多分、今日の業務は気合が入らないだろう。と思う。
バランスボールを買ったのは決して業務命令ではないが、なんとなく、
その日はまじめに仕事をしなくて良い口実が出来たような気分になる。
指定の大きさまで膨らませ、恐る恐る座ってみる。
思っていたより安定が良く、ほっとしたような物足りないような感じだ。
だが、他の人と同じサイズを購入したにも関わらず、若干・・・かなり、
机の高さと比較して、低い位置に視線が来てしまった。
PCのディスプレイを、見上げる形になっている。
これは、私の足が長く、座高が低いからである。
もしかしたら背が低いのも若干・・・若干、影響しているかもしれない。
キーボードを打つのに肩が水平に近い感じであがるため(むかし流行ったな。。。キョンシー。)、
むしろ肩凝りが酷くなるんじゃないかとまわりからは
言われたが、余計なお世話である。
それから私は毎日バランスボールに乗って
仕事をしている。もしくは仕事をしているフリをしている。
効果の程は、分からない。
元々、自分の体調の変化には鈍感なのである。
良くなったか悪くなったかも分からない。
が、仕事しながら無駄にバウンドしていると、ちょっと楽しいような気にはなる。
もうひとつ効能があった。
バランスボールに乗ったAさんがスローモーションで後ろに倒れるシーンを想像したり、
B君のバランスボールから少しずつ空気が抜けてしぼんでいったりするシーンを想像したりすると、何となく笑えて眠気防止になるのである。
一日何時間も同じ光る面を凝視し続け、ぶよぶよの物体で上下運動しつつ、時々何の脈絡もなくにんまりと笑っている人間。
類人猿から見たら、さぞやおかしな動物に見えることだろう。
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