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宝石店にて


バス旅行に行った。
日帰り桃食べ放題である。
決して大食漢ではない私としては、「桃」などというあまり興味の無い ふにゃふにゃした物体を5個も6個も食べられると言われても大して 嬉しくはないのだが、同行者の希望でその様な企画に参加したわけである。
さて、その企画は「格安料金バスの旅」であって、宝石店などという、 庶民には興味はあれど関係はない場所に強制的に連れて行かれたのであった。
ちなみに他にも「一面のひまわり畑」と称するただのひまわり畑や、 割といけるワインの試飲、ロープウェイでナントカ山に登ったりと、 結構もりだくさんな企画であった。
さて、先程の宝石店での事である。
バスが到着するなり、威勢の良いおじさんが一匹店から飛び出してきた。
後で分かったことだが、宝石店の店長であるらしい。
「え〜この石に触りますと、運が上昇します。奥様は、パチンコ通いの 旦那様に是非ぜひ触らせて運気を持ってかえってください!」
大して面白くも無い語りだが、雰囲気的に皆が笑う程度には ノリの良い台詞が続く。
「皆様は、桃食べ放題のお客様なので、商品をお勧めはしません。
ただ、こちらの水晶と普通のそこら辺で売っている水晶がどのように 違うのかだけを覚えて帰ってください。」
どことなく胡散臭い。まぁ、買え買え騒ぎ立てるより良いだろうが。
簡単な宝石の説明、研磨の工程を見学した後、店長は部下の営業スマイル 女に水晶ネックレスの説明を頼み、どこかへと消えていった。
「みなさん、こんにちは!」
明るい営業スマイルと共に発せられた「こんにちは!」に対し、 桃食い放題の客の間からぱらぱらとこんにちは〜という返事が返る。
「ん?こんにちはっ!!
我々は元気の良い返事を強制させられた。屈辱だ。
これは小学生の見学か?!
「皆様、この水晶は質がとてもよろしくて、このように青い布の上で見ますと ・・・」
その後、質の良い水晶の見分け方の説明、最近の流行のカットの仕方、 と、そこそこ面白い説明が続く。
そして、問題のシーンが始まったのである。
「え〜、今回は皆様に特別な価格で御提供させて頂きます。デパートでは大体 ○○円です。それ以上は安くなりません。何故かと言いますと・・・」
説明が続き、
「今回私共は、これをなんと、○○円でー」
「あ、ちょっと××さん、値段は言わなくていいから、値段は。
この人達は桃食べ放題のお客様なんだから。」
その時、どこからワいてきたのか、店長が営業スマイル女の台詞を途中で 遮ったのだー肝心の値段を言った直後に。
胡散臭さ爆発である。
「あ、そうだったんですか?すみませんでした。」
軽く頭を下げるミス・営業スマイル。
「値段言っちゃったの?」
とかほざきながらそれでも説明を始めるオヤジ店長。
『これもオマケで付けましょう』と、サービス満点な店長。
しかし、「買おうと思っていらっしゃる方」という台詞がとうとう 飛び出した直後、それまで結構ノリノリだった桃狩り客達は、それこそ 蜘蛛の子を散らす様に、見事にさっと散っていったのである。
私は、(なぁんだ、結構みんな騙されないじゃないか。感心感心。) と思い、にんまりと勝利の笑みを浮かべながらその場を立ち去ろうと・・・。

少し離れた一角で、我々と同じような団体客が、営業スマイル男に説明を 受けていた。ぴんと来るものがある。
集合時間は迫っていたが、私は「その瞬間」が来るのを待った。
そして

「お値段は○○円でー。」
「あ!××君、値段は言っちゃ駄目だよ、値段は。この人達はー(以下略)」

予想していたとはいえ、私は暫しの間、開いた口がふさがらなかった。
それは、詐欺だろう。
しかし、功を奏していないその杜撰な心理術はあまりに憐れで切なくて、 私は思わず鼻でフンと笑ってしまったのであった。

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