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美しき復讐劇



確かに、最初に手をだしたのは妹の方だったのだ。
だが、我らが妹が、一体何をしたというのだろう?
奴の腕に、ほんの少し傷を負わせてしまった、それだけなのだ。
ほんのかすり傷だ。
無論、妹に非が無かったわけではない。
だが、彼女が犯した罪は、そんなにも重いものだったのか?
・・・その代償として自分の命を落とさねばならない程・・・。

妹は、奴に殺された。
それこそ、慈悲の欠片も無い、残酷な方法で。
毒ガスで。

妹は、奴に殺された。殺されたのだ。
だが、奴は、罪の意識など何も感じていないのであろう。
奴にとっては恐らく、自分にとって少々目障りだった存在を排除した、その程度の感覚なのだ。
もしかしたら、自分が「殺した」事すら、もう覚えてはいないのかもしれない。
だからこそ、あんな顔で笑う事が出来るのだ。
何の罪も犯した事のないような、陰の無い笑顔で。
妹を殺したのに。殺したのに!
悪魔だ。奴こそ、悪魔そのものなのだ!

我々一族は、復讐を決めた。
分かっている。復讐した所で死んだ妹が帰ってくるわけではない。
だが、我々は、復讐せずにはいられない。
復讐だけが、ぽっかりと穴のあいた我々の心を癒してくれる、そんな気がする。
だから復讐を!! 妹を何の躊躇いも無く殺した奴に復讐を!!
この手で、この鋭いヤリで!!

原始的な武器しか持たない我々一族は、奴の前では無力に等しいのかもしれない。

だが、我々は、復讐するー我々の未来のために!!


どうでしょう、この三文小説家もどきの書いた悲劇の復讐劇は(笑)
なんて美しき仲間意識!!なんて美しい同族意識!!


今日、寝ていたら、あの「ぷ〜ん」という、いやぁな音で目が覚めた。
肌の表面に超音波を当てたような、歯医者の音と匂いを知覚した時のような、あの皮膚レベルの おぞましい感覚。
自分の手を汚すのが嫌いな私は、おもむろに隣に置いてある「アースジェット」 を手にとり、

プシューッ!!

見事にヒット。奴はひゅるひゅると床に墜落した。コンコルド。

私はヤツをちり紙で包んでゴミ箱に捨てた後、 大変満足した気持ちで、再び眠りの世界へと沈んでいったのであった。
罪の意識?
そんなものあるか。
だって、最初に私の体に傷を付けたのは、ヤツの方だったではないか。
私には、自分を、自分の体を、そして自分の精神衛生を、守る権利が あるのだ!!

が、ふと考えた。
蚊に、もし同族意識とか仲間意識とかいうものがあったとしたら・・・。

何気なく殺した一匹の蚊。
そしてふと気付くと、私は大量の蚊に囲まれている。
逃げども逃げども奴等は追ってくる。
アースジェットで応戦しても、奴等は数の上で私の優位に立っている。

もう逃げられない!
た・・・・・たすけて・・・く・・・・・・・れ・・・・・

そして翌日、失血死した私の干乾びた遺体が発見されるのである。


「耳無しほういち」に匹敵するとても怖い話だ。
だけど、それは蚊の視点から見れば、美しき復讐劇なのかもしれない。


(終)

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