ある日、アタシは小人になった。

あ、「小人」って言ったって、券売機の「大人」の下に書いてある「小人」じゃなくて、いわゆる「コビト」よ。
ガリバー旅行記にもウヨウヨ出てくるアレ。
つまり、ちっちゃくなっちゃったわけ。

なんでそうなったかって？
そんなこと知るもんですか。
っていうかアタシが知りたい。
いや、もう理由なんてどうでも良いから、元の大きさに戻してっ！

・・・・。
・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・ふぅ。
戻してって言って戻ることが出来るんなら、美人にしてって言って美人になる方がまだ有り得そうな話だわ。
それだって結構有り得なさそうだけれど。

とにかく、アタシはコビトになっちゃったの。
周りを見回したら、どうやら自宅の机の上にいるみたい。
片づけないであったフォークの大きさから考えると、身長約8mmってところかしら。
大体元の大きさの1/200・・・黒いアリよりは小さいけれど、赤いアリよりは大きい程度ね。
ヤダ、考えたら鳥肌たっちゃった。
・・・って言っても、この鳥肌なんて直径5μm程度しかないんだろうな。
確か細胞の大きさって、大体1～数十nmだったはず。
mm（ミリ）の1/1000がμm（マイクロ）、その1/1000がnm（ナノ）、ついでにその1/1000がpm（ピコ）。
あ、ピコピコハンマーって、すんごい小さいハンマーってことか！（違）
で、μmの1/1000がnm・・・ってことは、今のアタシの鳥肌って、細胞百個くらいで成り立ってるってことかしら！？っていうか大体、アタシ自身の顔が普通の人の鳥肌に入っちゃうくらいなんじゃない？
気持ち悪い。
なんだか寒気がして、アタシは半袖のむき出しの腕をさすった。
え？洋服も一緒に小さくなったのかって？
・・・そりゃそうよ。アタシが小さくなったんだから、洋服が小さくなるくらい、大して不思議じゃないわ。
まぁ実際の所、アタシだけ小さくなったら映像化の際、Ｒ指定になっちゃうからってのが理由らしいけれど。
ちなみにＲ指定のＲは、「restricted（制限された）」の意味らしい。
Red Zoneかと思ってた。

・・・なんだか考えがまとまらない。
それもそうね。
小さくなったって細胞の大きさまでは大して変わりようがない（多分だけどね）、ってことは、細胞の数が少なくなったって考えた方がちょっとは論理的だわ。
ということは、当然脳細胞だって、大分少なくなっているってことじゃない。
人間の脳細胞は平均して約百五十億個らしいから、平均じゃない人間になってしまった今のアタシは・・・元が結構アタマ良かったことを考慮したって、えーと、体積の比率は辺の比率の３乗だから、２０００個くらい・・・・！？
・・・そりゃ頭も働かないわね。

・・・はぁ。
・・・・・・・・ぅう。
うううううぉおわあああああああああああああああん。

アタシは思いっきり泣いた。この世の終わりとばかりに泣き叫んだ。
実際、小さいままだったら、アタシのちっぽけな青春はジ・エンドだ。
でも、こんな悲痛な叫びも、周りに人がいたら、それこそ「蚊の鳴くような」大きさでしか聞こえないのね、きっと。
っていうか蚊ってどんな声で鳴くのよ！？
鳴いて見せなさいよっ！
・・・と思ったら、目の前をデカい羽音を響かせながら、蚊が横切っていった。
これには流石のアタシも驚いた。
グロテスクな顔と体。腹部のシマシマがハッキリ見えたのよ。
シマシマが！！シマウマみたいにでかいシマシマ！
・・・ヤブ蚊か！
しかも、少し小型のヒトスジシマカじゃなくて、オオクロヤブカの方だなっ！！
蚊はアタシに目もくれずに飛び去ったけど、もし血を吸われていたら、アタシは間違いなく失血死してたわ。
はぁ。本当に驚いた。
あまりに驚いたもんだから、いつの間にか泣くのを忘れていた。
顔の涙は乾ききっていた。
・・・小さいと、涙の蒸発も速いのね。
どうでもいいけど、２０００しかない脳細胞に、「ヤブ蚊」という単語が登録されていることが、もの凄く効率の悪い使い方をしている気がする。

泣いたらなんだか小腹がすいてきた。
小腹も小腹、蚊の腹よりもちっちゃいのよね。
ってことは、アタシが今、誰かの手でぴしゃってやられたら、あんな感じでつぶれるのかしら。
・・・まあ考えるのは後。兎に角、なにか食べよう。

アタシは机の上を見渡した。
・・・朝の食べ残しのパンの耳が転がっている。
今のアタシなら、これだけでも大体１００人分の食事って感じね。
食いしん坊さんなら、食料に困らなくていいなあって思うかもしれない。
アタシだって小さい頃は・・・幼い頃は、アイスクリームを食べるたびに、「アタシが小さくなれたらずっとこのアイスクリームを食べ続けられるのに！」って思ったもんよ。
でも、ねぇ。
その考えには肝心な部分が抜けているわ。
１００人分の食料は、決して、えーと、
１日３食、４日毎に御褒美でおやつを食べるとして、
１００÷（３×４＋１）＝７...９
９÷３＝３...０
７×４＋３＝３１
だから、３１日分の食料・・・ってわけじゃない。
食べ物って、腐るのよ。
腐らなきゃ湿気るのよ。
小さくなったって、ずっとその食べ物を食べ続けていられる訳じゃないのよ。
今の私なら、どんな美味しそうなフルコースを目前にしたって、「小さくなりたい」だなんて馬鹿なこと絶対考えないわ！！

ん、ん、あ～。ら～ら～ら～。ん。コホ。
力説したら喉かわいちゃった。
水飲もうっと。
と言っても、水道にたどり着ける訳でもない。
仕方なく机の上に零れてた水滴を飲むことにする。
なんとなくプライドがじくじく痛むけれど、まあ誰も見てないし、プライドも脳細胞と同じ比率で小さくなったことにしておこう。
目の前の水滴は丸まって、キラキラ光って綺麗だった。
水のドーム。なんか不思議。
こんな光景、普通は無重力じゃないと見られないんじゃない？
表面張力の実体は分子間力（液体の凝集力）って奴で、これが大きな液体ほど仲間を引き寄せて大きな球になれるの。
類は友を呼ぶってね。
・・・ってちょっと待った！アタシは水じゃないわよ！
引き込まないで～。

はぁはぁはぁ。

危うく溺れるところだった。
アタシは表面張力の恐ろしさを初めて知った。
みんなも気を付けてね。

・・・っていうかこの水、妙な臭いがしない？

と思ったら飼っている猫がもらしたヤツだった。

アタシは発作的に机から飛び降りた。
死ぬときくらい、鳥みたいに飛んでみたい、って、昔考えたからかな。
お父さん、お母さん、御免なさい。
貴方の娘はこんなにちっちゃくなって、ちっちゃく死にます。

・・・・・・・。

なんだか、死ぬ前って、その人の一生が走馬燈のように蘇るって言うけれど、確かになんだか妙に長いような気がする。
しかも、無駄に長いだけで、何にも蘇ってくる気配もない。

目を開けると、まだ椅子のあたりだった。
・・・なんだか自分の体がフワフワ浮いている。
鳥っていうより寧ろ、塵みたいだ。

・・・空気抵抗か！
身長が1/200になったんなら、体積は1/(200 * 200 * 200 )で、表面積は 1/(200 * 200)。体積に対して表面積が大きいほど空気抵抗が大きいんだから、いつもの200倍も空気抵抗を受けているんだわ！

確か、幼い頃、アパートの屋上からアリを放り投げて遊んだことがあったけれど、あの時のアリが、確かこんな感じにゆらゆら揺れて落ちていったっけ。

・・・そんな残酷な遊びをしていたから、神様がアタシを懲らしめようとして小さくしたのかも。

ごめんなさい。
アタシ、地球に優しい人間じゃなかったです。
むしろ、大嫌いでした、アリ。
でも、もう、大嫌いなんていうの止します。
決して好きじゃない、程度にしておきます。
ごめんなさい、ごめんなさい。

懺悔したら、なんだかちょっとすっとした。
不意に、神様が、元に戻してくれるんじゃないか、って、そんな気がした。

怪我ひとつなく無事地上に降りたアタシの頭上が急に暗くなり、誰かの靴がアタシめがけて降りてきた。