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クローン

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クローン動物はやはり短命――理化学研究所の小倉淳郎室長らが、クローン技術を応用して生まれたマウスは、半数以上が通常の寿命のほぼ半分で死ぬことを突き止めた。クローン動物の寿命を巡っては、これまで細胞レベルで調べられてきたが、実際に生物の寿命が短くなることを示したのは、世界で初めて。米科学誌ネイチャー・ジェネティクス3月号に掲載される。
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クローン羊ドリーが誕生してから、もう5年も経つが、未だに、というべきか 当然というべきか、いくつかの国で法規制は整ってきてはいるものの クローン人間に対する善悪の評価そのものはまちまちで、定まっていない。
子供としてのクローンを作って欲しいなどの意見もあるようだが、 私の意見としては、ナンセンスだと思う。 クローンは飽くまでクローンであり、殻が一緒なだけだ。 尤も、この顔(若しくはこの体)が好きなんだ!と言われると、返す言葉も無くなるが。
それだけでないのなら、クローンなんて馬鹿らしい。 物にしろ人にしろ、その存在と自分との関わり方には、「記憶」や「経験」が 大きく影響している筈なのである。
全く同じ味の料理でも、彼女が作ったものの方が美味しいと感じるのと同じである。
全く同じ価値でも、悪事によって得た金を「そんな汚ねぇ金はいらない!」と叫んで 相手に投げつけるのと同じである。
尤も私は、金であれば綺麗でも汚くても平等に扱ってあげられる心の広い人間 であるのだが。
そんな平等精神を持つ私も、自分のクローンを自分と同じだけ愛せる自信は 全く無い。
「私」は、あぁんなことがあって、こぉんなことがあって、すったもんだがあって、 その結果できあがった存在なのである。 この遺伝子によって構成された肉塊のみが私なのではないのである。
無論、クローンは「親」とは別個の存在であるという意識を持てるのであれば、 クローンの存在そのものを否定する哲学的な材料もあまりない。 が、しかし、今回の記事のように未だに欠陥があるなど生物学的な問題 に加え、戸籍の問題、差別(選民)思想の問題など、様々な 問題が存在することを考えると、クローンを作る意味、意義もない、 従って作るべきではない、と考えられる。
ただし、臓器移植という用途を考えたときには、クローンというのは非常に 有望であろう。 勿論、その際には、再生するのは部分的にしなければならないだろうが。 頭が悪いからちょっと脳味噌を始めから鍛え直し、なんてわけにもいかないだろうし。

まぁそんな哲学はどうでも良い。
さて、実際に人間のクローンができたら、どんなことが出来るようになるだろう。
完璧なアリバイ工作ができるため、犯罪が非常に楽に行えるのである。
乱雑な計画で強盗に押し入っても、とりあえず逃げ切れれば、大丈夫。
そのころ、私のクローンに、気ぐるみを着せて町中で奇声を上げながら 駆け回ってもらえば大丈夫。
時には監視カメラの前でカメラ目線でウインク。
ついでに転けて電柱にぶつかり、指紋とちょっぴりの血痕も残しておいてくれれば さらに安心。
同じ指紋。
同じ声紋。
同じ血液。
なんて素晴らしいアリバイ!!!
しかし、クローンがいることがばれていれば、自分の代わりとしての利用、つまり アリバイ工作には使えないわけである。
というわけで、クローン犯罪計画は秘密裏に行われなければならない。

私は密かにクローンを作成した。
勿論見た目はそっくり。
また、あまり突飛な私らしくない行動をとられると困るので、脳に刻み込まれた 記憶も、恥ずかしい部分だけ削除し(笑)、電気刺激を与えることでコピーする。
結果、行動も考え方も、それなりに似ているクローンが完成した。
さて、準備は整った。
あとは、完全犯罪に向けて、計画を練るだけである。

そんなある日、街を歩いていた私は、警察に肩をたたかれた。
「○○さん、あなたを窃盗の容疑で逮捕します。」
いやいやいや。
確かに計画は練っていたが、まだ実行に移してないって。

だが、連れて行かれた警察で見せられた防犯カメラの映像。
そこに写っていた人物は、どこからどうみても私である。

どうやら、私のクローンが、自分の罪を全部私に押しつけやがったらしい。

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