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温泉に行く


家族で湯ヶ島に温泉旅行に行った。
渋滞を恐れて、朝早く出発したのだが、どうやら早すぎたらしい。
午前九時には旅館に着いていた。ちなみにチェックインの時間は午後3時である。
一体誰がどんな計算をした結果、こんな誤差が生じたのか。
最初から、温泉に入る事のみを目的とした旅行であった為、急遽、時間を 潰す方法を考えなくてはならなくなった。まぁ考える、と言っても温泉以外大した 観光名所があるわけではない。結局、滝を見に行くかイノシシ村に行くか くらいしか選択肢は無く、イノシシよりは滝だろう、という事になったのであった。
滝ーまずは演歌「天城越え」で歌われている浄蓮の滝、その後、七滝<ななだる>と呼ばれる “中小”様々な滝を見に行く事になる。
途中、却下された方の選択肢、「イノシシ村」の脇を通過。
ゼッケンを付けたイノシシが二頭、かったるそうに歩いている姿が見えた。
観光案内によると、どうやら、そのイノシシ村では、日光さる軍団のようにイノシシが芸を するらしい。そして、イノシシ村の名物が「イノシシ鍋」。なかなかに薄ら寒い世界である。
芸の下手な奴から順に始末されていくのであろう。
イノシシの芸を見た後に、イノシシ鍋を食べる勇気は無い。少なくとも、私には、無い。
そうでなくとも、すすんで食べたいものではないのに。というよりどちらかというと 食べずに人生終わらせたい。豚と大して違いはないとしても、豚しか食べてない人間と、 豚に加えイノシシまでも食べてしまった人間とを比べると、後者の方が極楽浄土までの道のりが 長いような気がするのである。

浄蓮の滝に着く。
「天城越え」と書いてある旗が、風にはためいている。
どうでもいい話だが、「天城越え」<あまぎごえ> と言う時に、どうしても高低アクセントを間違えてしまい、「え」の 部分で下げてしまう。その結果、「喘ぎ声」<あえぎごえ> に近い発音になってしまい、その度ちょっと慌てるシャイな私。
ワサビ畑の横で、ワサビ商品を売っていた。 ワサビ茶漬け、ワサビふりかけ、ワサビ染めのネクタイ等々。 ワサビ漬けを購入。
ワサビだけで商売が出来るのか。・・・・・・・・悪くない。

滝を見終わった後、少し早いが、持ってきた弁当を食べよう、という事になる。
が、滝付近に弁当を食べられるような場所は無かった。そこで、近くにあった大きな土産屋 の前にある椅子に座り、食べる事になった。大きな土産屋の前ーつまり、駐車場の脇、である。 都会っ子の私としては、ここまで来てわざわざ排気ガスが充満しているような場所を選んで 食べなくても良かろう・・・、と思ったが、他に良い候補があるわけでもなく、仕方なく腰を 下ろした。おにぎりを食べながら、隣に座った母がこう言った。
「やっぱり空気が良いと御飯も美味しいわね。」
思わず母の顔をまじまじと見てしまったが、別に冗談を言ったわけでは無かったらしい。

弁当を食べ終わり、次の滝を見に行くために車に乗り込む。
途中、ループ橋なるものの使用料金として、200円取られた。
料金所は何故か混んでいる。
「あれ?なんかいちいち警察に止められてるみたいだよ。」
運転している兄が言う。
生まれてから此の方、やましい事は何一つしていないはずなのに、 反射的に自分の周囲を点検してしまった。
「あ、何か配ってるんじゃん?」
ちょっとはしゃいだ声を出す兄(26)。
何か貰えるのか!?そういえば時々、テレビでそんな地方ニュースを見る。「××町では今日、 地元の名産であるジャガイモを、車に乗った観光客○○人に配りました。」とかいう、アレだ。
貰える!?貰えるのか?やったぜベイブ。ベイブ?
窓から覗くと、変わった光景が見えた。
看板があり、なんとかセレモニーと書いてある。一体なんのセレモニーなんだ?こんな辺境の地で。
礼服を着た、金持ってそうなオジサン達がちらりと見えた。
そしてそのまま、誰かが何かをくれる、なんていうラッキーイベントも全く起こらないまま、 我々は料金所を通過した。
何かが貰えるって?
君、そんな勘違いするなんて、物欲魔人なんじゃないのかい?だから庶民は嫌なんだ。
私は後部座席から、兄の脳天に向かって問い掛ける。
「おっかしいなぁ〜?何か貰ってるように見えたんだけど・・・」
諦めきれない様子で呟く兄(26)。
ハイハイ、おっかしいですねぇ。っていうか、ぬか喜びってカッコ悪いよ。

七滝に到着。
その名の通り、七つの滝が、ぽこり、ぽこりと存在しているらしい。
まず初めに、大滝。
滝の上から見下ろす形になっているのだが、滝の下にある露天風呂の方が気になって、滝など 意識の外だった。ちなみに人が入っていた。の、覗きぢゃないよ?
次に、カニ滝。
父曰く、カニの足みたいな格好をしているからカニ滝なのだそうだが、私にはどこがカニなのだか 分からなかった。言われてみれば、そうなのかも・・・・・そうなのかな?という感じ。 更に言えば、そもそもそれが本当に滝なのかどうかも怪しげな感じだった。

そう思いながら小道を歩くと「エビ滝」の標識。矢印の方向を見ると、これまたちっちゃな傾斜が あって、ぴちぴちと水が跳ねている。ー水が跳ねている?
「あー。エビみたいに水が跳ねてるから『エビ滝』なのね。」
先程のカニ滝はフィーリングが一致しなくて少々不満だったが、 今度のエビ滝には納得して、私はひとり頷いた。滝と名乗っている割には小さいが、 さっきのカニ滝もちっこかったしな。
父は、「本当にこれがエビ滝か?なんか違うんじゃないのか?」と言ったが、
「なんでぇ。ホラ、あそこ見なよ。水、跳ねてるじゃん。」
何で分からないかなぁ、と私は肩をすくめた。
想像力の乏しい人って困っちゃうね。先程のカニ滝を理解出来なかった自分を棚に上げて、 低レベルな優越感。
後ろからやってきた兄が、それ(滝)を見て、
「ぁあ。あそこ、水が跳ねてるのが『エビ』なのか。」
私と全く同じような反応をして、納得していた。
そこから少し歩いていくと、高さ2m程の滝が見えた。そして標識には、
「エビ滝」

我々兄弟がエビ滝だと思って納得していた所は、滝でも何でも無く、ただの小川の傾斜だったらしい。
ただの傾斜を「滝」だと言って納得していた訳か。チョーカッコワリー!
しかも、父親に説明している時、誰か通っていったよ〜。聞いてたかなあ、聞いてたよなぁ。
うあー、激カッコワリー!
そういえば、先程の標識は確かに道の分岐点にあった。
その矢印は「こっちの道に行けばエビ滝ですよ」という事を示していただけだったらしい。
しかしあの矢印は、どう見たってあの傾斜を指していたぞっ!くそっ!ハメられた!

その後、釜滝、ヘビ滝などを見たが、自信を無くした我々は、何も言うことなく黙って歩き続けた。

一通り見終わり引き返すと、ところてんやあんみつを食べられる小さな店を発見した。
隣には天草が、もさっと置いてある。そばでオジサンが天草を煮ていた。手作りである。 一皿400円。店のお婆ちゃんが大盛りにしてくれた。
手作りのところてんは、その辺で売っているのとは全然違って美味い、という話を聞いた事がある。 どんなに美味いものなのかと思って食べてみたが、正直言って 私の舌では、「その辺で売っているところてん」 との違いが分からなかった。が、それを他人に知られるのは私のプライドが許さない。
「コイツ、手作りの上等なところてんと機械で作ってる安いところてんとの区別が付かないんだってよ。 けっ、テメーみたいな「質より量」な奴ぁ、100円お買い得(商品入れ替えの為)ところてんでも 食ってりゃいーんだよっ。」
ガーン。
そんな事言われたら、ワタクシ、立ち直れません。ええ、精神ぼろぼろ雑巾です。
「う〜ん。やっぱり手作りは違うねぇ、美味しい美味しい。」
つい分かったような口を利いちゃう所が庶民なんだろうな。

その後、ワサビソフトクリームを食べ、車に乗り込む。
意外に時間を潰す事が出来たらしく、もう宿に向かっても良いくらいの時間になっていた。
再びループ橋を通り、料金所へ。
百円玉が無いと言う母親に、それぞれ自分の財布から百円玉を出す父と私。麗しき家族愛。
ーと、誰もいないではないか。
再び看板を見て、その理由が分かった。
料金所は既に料金所では無くなっていたのである。
行きに通った時に行われていたセレモニーは、「今日、午前11時半を以って、この道路は“ただ” になります」というものだったのである。
11時半。なんて中途半端な。ちなみに、行きに我々がここを通った時、時刻は 11時20分頃であった。後10分、だったのか。なんだか得をしたような、やっぱり 損をしたような。
思えば料金所のじいちゃんの「ありがとうございます」の言葉、あれにはものすごぉく 感慨深いものがあったのかも知れん。無論、そんな事知る由も無かったその時の私は、 「マジ金取るのォ?一台くらい見逃してぇな。」 とか思ってたけどね。

旅館に着くと、若い中居さんが付いてきて、
「今回は特別良いお部屋を用意させて頂きました。」
と言う。ま、値段もちょっとばかし特別だったけれど。
“昭和天皇が皇太子だった時にお休みになられた部屋”だという。
昭和天皇が皇太子だった時にお休みになられた部屋、というのが、全世界にいくつくらい存在しているの かは知らないが、 確かに、今まで行ったどの旅館の部屋よりも高級感に溢れている。
なんだか良い気分だった。
思わず部屋中にマーキングしたくなった。

すぐに浴衣に着替え、夕暮れのすがすがしい空気の中、露天風呂に入る。
この風呂はなかなか良かった。風呂自体も洒落ているし、柵から見下ろすと、小川が見える。
暫く風呂で充電し、十分暖まった私は、猿でもいないかと小川を見渡した。
と、岩場に黒い影が!!
あれは、もしや熊?!

と、一瞬興奮しかけたが、その影が動く様子は無い。どうやらただの黒い岩だったらしい。
が、諦めきれなかった私は、その後何度も風呂の中の人間に尻を向け、ソレをじっと見つめた。
ちなみに、就寝前の入浴時にも、しつこくその黒い影に熱い視線を送ったが、やはり動く気配は無かった。

風呂から出て部屋に戻る間、旅館内のカラオケバーの横を通過した。
カラオケバーからは「天城越え」が聞こえてきた。下手である。
歌いたくなる気持ちは分かる。分かる、が、店の人間は毎日この曲を聞かされているのだろうと 思うと、憐れな気がする。

部屋に戻り、ひと休みすると、もう夕食の時間である。
熱燗お猪口を片手に、甘鯛の桜蒸し、伊勢海老のマヨネーズ焼き、天ぷら、刺身、etc。
夕食はなかなか美味だった。
が、メインディッシュは、出来れば食べずに一生を終えたい、と数時間前に思ったばかりの 「イノシシ鍋」であった。私、天国に行けません。

ああ、素敵な温泉旅行。
<終>

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