先日、古本屋で文庫本「陰陽師」を見付けた。
私は古本屋では、100円の本を3、4冊、350円の本を1冊という比率で買う
習慣であり、だからその本も100円であった。
ちなみに何故100円の本が多いかというと、それは勿論私が倹約家であるからであり、では何故350円の本も買うのかというと、100円の本ばかりレジに持っていく
のがなんとなく気恥ずかしいからである。
陰陽師・・確か、流行り物だったはず。(実はもう流行は去っているのか?)
買うことにした。100円だし。
読んでみると、意外に面白い。
結局その日の内に読み終えてしまったが、その中で、こんな話があった。
名は呪である。
例えば貴方の名前が○○(貴方の名前)でなくとも貴方がこの世に存在しなく
なるわけではない。
しかし、それは貴方の名前が○○でなくて××であったとしても同じということではない。
貴方は○○という名前を付けられ、自分でそう名乗り、人からもそう呼ばれることによって、○○という性質をもった存在として縛られているのである。
・・・そんなような話である。
本の中のワトソン君は、分かったような分からないような鈍い反応を返していたが、
無論頭の良い私は理解した。
つまり端的に言えば、貴方の名前が「ウ○コ」だったら困るでしょ?ということであろう。
例えばこんな時。
世界陸上で。
ウ○コ選手、良いスタートです。
あ、ウ○コ選手、一歩遅れたか。
ウ○コ選手、ラストスパートです。
ウ○コ選手、行け!出た、出た!ウ○コ、行け!
フィニッシュ!!!!
例えばこんな時。
ドラマで。
「愛してる。」
「俺もだよ、ウ○コ」
「もっと・・・もっと私の名前を呼んで。」
「あぁ、何度でも呼んでやる。ウ○コ、ウ○コ愛してる。」
ふたりは熱く抱きしめあった。
ほらね。
貴方の名前が太郎だったり花子だったりすればなんの問題も無いのに、それが
ウ○コだというだけで色んなことが台無しなのである。
ちなみに、なんとなく真ん中を伏字にしてみたが、ウ○コとは勿論ウサコのことである。
さて、名は呪である、という話だったが、これら「名」の話は、実は言語とも深い係りがある。
先ほどの例だと、日本人に向かって
「このウ○コ野郎!(ウサコ野郎!)」
と叫ぶとたちまち乱闘になるが、フランス人に向かって同じ台詞を叫んでも、
恐らく怪訝な顔をされるだけで済むのである。
もっと際どく和洋折衷で叫んでみたとしても
「vous avez l'air de U○KO!」
運が良ければ「s'il vous plait」とか返してくれるかもしれない。
そう、ウ○コはウ○コだから問題があるのではなく、我々がウ○コという響きを持つ存在を悪とみなす文化圏に済んでいるからこそ、乱闘の原因となり得るのである。
そういえば、ベートーベン第3交響曲の「エロイカ」という単語を初めて聞いたときは、エロいイカしか頭に浮かばなかった人は私だけではあるまい。
実際は「シンフォニア・エロイカ」、ある英雄の思い出のために、という意味であるらしい。
つまり、「エロイカ」(イタリア語)は、「英雄」という意味なのである。
だが悲しいかな。日本ではエロイカという単語は英雄を意味しない。エロイカはエロイカである。もしかしたらエロ烏賊であるかもしれない。だからエロイカがエロイカという名であるというただそれだけの理由で、あの素晴らしい曲を聴くとエロ目のイカが踊りだす光景が思い浮かんでしまう日本人がきっとどこかにいるのである。(決して私ではない。)
なるほど、「名」とは強烈な「呪」である。
・・・ちなみに、「エロイカ」で検索をかけると、ベートーベンに謝罪したくなる
ほどアダルトサイトがひっかかるのでご注意を。
・・・以上、陰陽師とは全く関係のない話になってしまったが、名は呪である、という
ことを分かりやすく解説できたと思う。
まだ陰陽師を読んだことのない人は、この機会に是非。
100円で。
※陰陽師とウサコは何の関係もありませんので御注意ください。