戻る
温泉に行くU
先日、家族と温泉へ行った。
千葉の房総半島南端へ、海ホタル経由、運転は兄である。
車の旅行というのは、荷物の重さを考えなくて良いという利点がある。
着替えはなるべく軽そうな生地のものを選ぶ、とか、MDは気に入った
物だけを持っていく、とか、本当は勉強がしたくてしたくて仕方が無いけど参考書類は
重いので泣く泣く諦める、とか、そういった制限が無いのである。
今回も、私は、辞書を二冊にいくつかの論文、そして
プレイステーション本体を袋に詰めて、トランクに入れた。
まず、中継地点である海ホタルへ到着。丁度昼時であり、
また連休中という事もあり、なかなかの賑わいである。
海を眺め、風を感じ、己の卑小さを思い知り・・・。
そんな風に無駄に切ない気分に浸っていると、
「まもなく海ホタルショーが始まります」というアナウンスが流れた。
せっかくだから行く事にする。
行ってみると、小さな部屋の前方左右に中型スクリーンが二つあり、その間に
なんだかものすごくこぢんまりした、普通の大きさの水槽であった。
まさかコレ?これん中に海ホタル達が入ってるんですか?ちっちぇー。
ショーというからにはもっと派手な、でっかい水槽があるのかと思っていたが、少し期待外れである。
ま、タダたし、良いか。
その後、お姉さんが二人登場して、短いVTRを見せられる。そのVTRによると、
「はっきりした所は分からないが、海ホタルが光るのは、恐らく危険を察知したとき、そして
繁殖の時であろう」
という事である。
その少々退屈なVTRが終わり、いよいよお待ちかねの実演である。
「どうやって光らせるんだろう?」と言う母に向かって、
「電気ショックでも与えるんじゃない?」
シニカルスマイルと共に
冗談半分に答えていた私だが、舞台上のお姉さんが実際に電極を持ち出してきたのには少々驚いた。
多分、電気が流れる事と繁殖したい気分とは関係無いので、恐らく彼等は恐怖で光るのであろう。
毎日1時からの拷問時間。今日もまた、それがはじまろうとしている。
電気が消え、部屋が暗くなる。そして、お姉さんは電極を水槽に・・・。
ぴかっ!ぽやぽやぽや〜。
水槽は青く奇麗に光った。
何だかいくつかの光が力尽きて沈んで行っているように見えたが・・・。
感嘆の声が上がる。
「うわ〜、キレイ。」
それが、海ホタル達に電気ショックを与えながら言う台詞である。
海ホタル達の命懸けのショーを見終わった後、お昼にしようという事で3階の店に入る。
人気NO.1はアサリ丼で、アサリラーメンがNO.2である。
私は、心の中でNO.1を羨みながら
「追い越すものが存在しているNO.2って立場が一番面白いのさ。」
と、もっともらしく言うような人種なので、
当然選択したのはNO.2のアサリラーメン。
しかし、残りの家族3人はアサリ丼を注文したので、差が広がっただけであった。
その後、海ホタルを出て、千葉に入る。
途中、トイレ休憩で土産屋による。
千葉といえばピーナッツ。ピーナッツといえば古い人気歌手。
名物はピーナッツしか無いのかと思っていたが、実は柿もイチオシらしい。
まさか、ピーナッツ→柿の種→柿、とかいう繋がりで無理矢理名物にした訳じゃ無いだろうな?
そこで販売していた柿ソフトクリームを購入する。
恐る恐る橙色した冷たい塊を口に入れてみる。
何か、食べた事のない、変わった味はした。
がしかし、確か、柿というのはあのような味では無かったような気がする。
数時間経過。
ようやく目的地(ホテル)に近づき、海が見えてくる。
車を降り、岩場を探索。
「カニがいる」と兄が言うので近づいて見てみたら、死体であった。
なんとなく興醒め。
しかし、その後、生きているカニを何匹も見付け年甲斐もなくはしゃぐ。
その後、くだらない競争心から、他の生物を見付けようと目を皿のようにして岩場を探しまくっていると、
干乾びた小エビが転がっているのを発見。死体ではあるが、死体だってかつては生体だったのであろう。
勝ち誇った声で、
「エビもいるんじゃん。」
と指差したら、
「これは釣りの餌だ馬鹿が。」と言われた。
その後、アメフラシのような生き物も見付け、海の素晴らしさを満喫した後、
近くの灯台にも行ってみようという事になる。どうせ早く温泉についてもする事なんて無い。
灯台の入り口近くで、黒い生物を発見。
タヌキだ。
窓口のおばさんに聞いたら「野生ですよ」といので、喜ぶ。
こんなこともあろうかと持っていたポテトチップス(とうもろこし味)を差し出すとー。
バリッ。
おずおずと寄ってきて食べてくれた。なんて可愛いんだ!!
こういう人間が野生の動物達を駄目にするんだろうな、
と思いながら、私のいけない手は、ポテトチップの袋の中へと戻っていく。
結局7枚くらいあげてしまった。
灯台の頂上は当然の事ながら狭苦しかったが、なかなか良い景色ではあった、のだろうと思う。
実は、タヌキの事しか覚えていない。
その後ホテルに到着。
見るからに3流の大型ホテル。
部屋に入り、お茶を一杯のんだ後、浴衣に着替え、さっそく温泉に向かった。
温泉も3流。
露天風呂があるわけでもないし、面白味の無い浴槽が二つあるだけである。サウナも無い。
もとからカラスタイプの私は、たちまち飽きてしまった。
さっさと部屋に戻り、落ち着いてテレビなぞ見ていると、夕食の時間になる。
勿論3流なので、食事は部屋ではなく大ホールで。
途中乗ったエレベーター内に、こんな貼り紙がしてあった。
「フィリピンショー 夜八時から」
いかにも3流である。
温泉に来て何故フィリピンショーなのだ?海ホタルショーの方がまだマシである。
ホールに着いてみると、入り口は閉まったままであり、中で何かバタバタしている。
まだ準備中であるらしい。客のオジサンが覗いていたら、そのうち鍵を閉められていた(笑)。
予定時間を少し過ぎ、ホールの扉が漸く開く。
案内されて席につくと、なかなか豪華な食事が並べられていた。
そう、この温泉のウリは、「豪華伊勢海老尽くし」なのである。
部屋は普通、温泉は3流、雰囲気も3流の中で、食事だけがなかなか良かった。
伊勢海老の刺身、伊勢海老のソテー、伊勢海老の茶碗蒸し、伊勢海老の・・・etc。
満足である。しかし、
「オミソシルモッテキマショウカ?」
給仕のお姉さんがフィリピンショーの写真の女性だったのにはいささか驚いた。
部屋に帰った私達は、その後ひたすら大貧民をやりまくった。
鞄の中の重たい論文が、少し寂しそうだった。多分気の所為である。
一夜明け、朝食バイキングへ。
これまた3流らしいメニューだったが、イカの刺身だけが美味かった。
朝食後、こんな3流ホテルとはさっさとオサラバだ、と、早々に出発。
天気は悪かったが、せっかく千葉に来たんだからという貧乏性から、
我々は「マザー牧場」へ行く事になった。
かなり人気の無い道を長時間進み、(本当にここにマザー牧場なるものがあるのか?
っていうかもしかしてマザー牧場ってのは行楽地じゃなくてただの牧場なんじゃないのか!?)
なんて不安でドキドキしていたが、どうにかちゃんと着いた。
と、入り口付近の柵の向こうに何十頭もの黒いヤギが!!
それだけで感激してしまった。その後、高い入場料を払って、マザー牧場内部へ。
さっそく牛乳ソフトクリームを買う。
元から食べるのが遅い私ではあったが、他の3人と比べ、異様に溶けまくって
いる自分の手の中のソフトクリームが恨めしかった。
熱い性格が災いしたのか。
ソフトクリームを舐めながらパンフレットを眺めてみると、「羊の行進」イベントが
もうそろそろはじまる時間である事に気付く。が、自分達がどこにいるのかも良く分からない。
うろうろして、ようやく場所が分かって走り出した道は、何故か動物の糞で満ち満ちていた。
なんじゃこりゃ!!
フンを踏まないように気をつけていたが、とにかく急いで走っていたので、いくつかは踏んづけたかも
知れん。ま、こういう事は自分が気付かなければ良いのである。
息せき切って到着した場所では、既に行進ショーが始まっていて、それだけでなく、終わりそうであった。
柵の中に、表情の無い羊達が何十頭も蠢いている。で、みんな同じ顔で同じ方向を向いている。
羊の群れの周りでは、牧羊犬が二匹、一所懸命走っていた。
人間の命令を聞く犬と、犬の命令を聞く羊達。それぞれの力関係が良く分かるショーであった。
ショーはすぐに終わってしまい、柵の中はふれあいコーナーになる。触れ合い。
人間達が柵の中に入って、羊に触り放題なのである。代金は頂きません。
近くにいる羊を撫でてみる。なんかゴワゴワしていた。こんなセーターいやだなぁ。
その後、人間達は柵の中から追い出された。
と、羊達が今までの無表情無気力が嘘のように、柵の一部に集まって押し合い圧し合いしはじめたではない
か!どうやら、どこかに帰るらしい。その勢いは、相当この時間が苦痛で早く抜け出したいのだろう、
と思わせる程である。
人間達が道を開け、係りの者が扉を開けると、羊達はドバババッと駆け出した。
彼等が駆け戻っていったその道は、先程我々が走った道であった。
・・・・・・だからか!!
次に、小さな檻に閉じ込められている小牛の前に行く。
小牛が私の手に頭を寄せてきたので、初めは可愛いと思い撫でていたが、
あれはどうも、頭が痒くてこすりつけてきただけだったようである。コノヤロウ。
売店で牛乳を飲む。
昔、似たようなナントカ牧場で牛乳を飲んだとき、とても美味しかったのを
覚えている。
しかし、今回、その感動は訪れてこなかった。
待てども飲めども来なかった。
私は、味音痴になってしまったのか。
それとも、「牧場の牛乳=美味い」という強制的常識から解放されたのか。
或いは、最近流行の「スノウマーク牛乳事件」で、牛乳=ヤバいという図式が
出来上がってしまっていたのか。
ま、どうでも良いか。
その後、パンフレットを見ると、牛の乳絞り体験コーナーがある。
あまり気が進まなかったが、母が「一緒に行こうよ」と私の腕をつかんだので、仕方なく
列に並ぶ。この列に並んでいる人間は、全員、牛の乳を搾るために並んでいるのだ、と思うと、
なんだか物悲しかった。
毎日毎日人間に乳を搾られているミセス牛。
御免なさい、さっきも乳<ちち>飲んでしまいました。
そんな事を考えているうちに、自分の番がまわってきてしまう。恐る恐る手を伸ばす。
私の手は彼女の豊満な乳<ちち>を滑り・・・。
一瞬きゅっと摘まんだあと、曖昧な笑顔を浮かべ、慌てて立ち上がってしまった。
妙に視線が泳いだ。
そんなこんなでマザー牧場を周り、数時間が経過。いい加減飽きたので帰る事にする。
帰りに、お土産の数が足りない事に今更気付き、再び海ホタルに寄る。
アサリまんを購入。
以前、母が肉まんの中身をぽろっと落としたのを思い出し、ひとり爆笑してしまう。
そして、我々は無事、3流温泉旅行から帰宅したのであった。
あの感触が忘れられない。
(終)
戻る