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シラス


GW、江ノ島に行った。
フナムシが嫌いで避けていたから、江ノ島は結構久しぶりな気がする。
前回行ったときの思い出として、フナムシでモーゼの十戒ごっこが出来るのではないかと思うほどひしめいている凄惨なイメージがあったのだが、行ってみればそんなこともなく、その日見かけたフナムシは一匹だけだった。
これが仮に環境破壊の所為だとしても、私はこの現状を喜ぶであろう。
その程度の人間である。

さて、その程度の人間であるところの私は、同行者Y、同行者Kと共に江ノ島に行き、 まずはエスカーなる自動昇降機のチケットを買った。
エスパー伊東を連想させ何やらわくわくするが、何のことはない、上まで連れて行ってくれるエスカレーターのことである。

苦労することなく文明の利器を利用し高台にまで来た我々はまず、さらに高い世界に 到達すべく、展望台に登った。既に高く見晴らしの良いところにいるのに、追加料金を払ってさらに高いところに登るなど、全く愚の骨頂である。
ナントカと煙は高いところにのぼりたがると言うが、世の中にはこんなにもアレな人間達がいるのか。
列に並んでエレベーターに乗り込む。これで私もめでたく馬鹿の仲間入りである。

なお、エレベーターを降りたそこは、風が通ってなかなか気分が良い場所であった。


一通り景色を堪能して、他の選択肢もないので降りることにする。
降りて庭園をひとまわりすると昼時になったので、Kが目をつけていた店に入ることにした。 Kによると、今の季節はシラスが旬であり、かつ、それが江ノ島の名物であるらしい。
そんなこと知らなかった。
東京ミッドタウンなんて出来るまで知らなかった。
新丸ビルなんて出来てからも暫く知らなかった。
そういう俗世間の情報に疎いことが、私の知的イメージを少しでも損なうことがあるとは思えないが、それでも己の無知を自覚する(フリをする)ことは今後の人生をより豊かにするには必要なのであろう。

江ノ島のGWはシラスが熱い!

こうして得た知識をすぐに活用し、私は海鮮丼(生シラス入り)を注文したのであった。
結局KもYも同じ海鮮丼を選択し、まずはビールで軽く乾杯する。
何もしていないのに、ビールを飲むと何かをなしとげた後のような気分になる。
暫く談笑していると、注文した海鮮丼がテーブルに運ばれてきた。
御飯の上に、マグロ、タコ、イカ、エビ、よく分からない白い切り身、そして、透明な生シラスと白い釜揚げシラスがそれぞれ一掴み。
具沢山である。

まずは御飯と一緒に生シラスをひと掬い。
これで何十匹だろう。
このシラス君たちはカタクチイワシの稚魚であるそうだが、 大きくなれば一匹数十円程度の価値がつくのに、この1cm程度の シラス君たちは、数百匹合計で数百円程度。(えーとシラスの方が安いことになるよね?計算あっているよね?)
比較をすると少し悲しい気もするが、まぁ仕方が無い。これが、大人と子供の差なのだよ。あ〜ん。
こぼれないように大口を開けて放り込む。

丼の中の数百の目玉が、太陽の光を反射してキラリと光った。

そのスプラッタな風景に怖気づくことなく、果敢な私はいつものように、 好きなものを後に残しながら食べ続けていたが、 その過程でシラスの間に数ミリの小さなタコが入っていたのを発見した。
得した気分。こっちはお前らの海鮮丼より一種多い特別丼だ!へへーんだ。
このシラスの中のオキアミだとかタコだとかを探すのが、小さい時は大好きだった。
隠された真実は何であれ、暴かずにはいられない。
ウォーリーを探せ。

その小さいタコも残さず綺麗に海鮮丼を食べきった。
そうやって美味しく頂いておきながらなんだが、シラスやちりめんじゃこを食べるとき 私はいつも、「こういう死に方はしたくないよなぁ。」と勝手なことを思う。
無論、人違いで刺されて死ぬとか普段は大人しい動物に私だけ襲われて死ぬとかふざけて笑いながらジャンプしたら振動で上から物が落ちてきて直撃して死ぬとか、その他 どんな死に方だって死ぬのは嫌なのだが、シラスのような死に方、つまり 天災、人災、大事故で大勢の犠牲者の中の一人として死ぬ"嫌さ"は格別だ。
しかも同じときに有名人が死んだりすると、もう最低。
無論、成り立つ等式は「ニュースの大きさ=世間一般の興味の大きさ」であって 「ニュースの大きさ=命の価値」ではないことは理解しているが、理解と感情はまた別。
見て!私を見て!タコなんて見ないで!

同行者Yの食べ終わった後のシラス丼を横目で覗いたら、シラスが数匹 器にへばりついていた。
ただのシラスになるのも嫌だが、その中でもこの、食べられずに捨てられる運命のシラスには、さらになりたくないものである。南無南無。
どうせ既に死んでいるので、食べても食べなくてもこのシラスには関係ない話だが、 世の中一般的には「自分の行った行動はいつか自分に返ってくる。」という建前になっている。
例えば・・・宇宙人に街ごとまとめて拉致されたものの、ちょっと採取サンプル数が多すぎたか、とか言われて宇宙空間に放り出されたりするような運命は嫌だ。
そんなことを思ったので、自分は一匹も残さず箸でつまんで食べた。
これで私も宇宙人に拉致されたときには、立派にサンプルNO.XXXになれる。
いや、待てよ。そういえばワサビの山に一匹埋もれかけていたので、 流石にそれは食べずに放置したのだった。
うわーん。サンプルNO.XXXにもなれないで捨てられるなんて嫌だー。
こうやって思い出すくらいならホジクリだして食べておけばよかった。


お腹も一杯になり命の重さと因果に関する深遠な考察にも飽きてきたので、店を出て、人がひしめきあっている岩場で小動物の探索に入る。
その辺のガキなんかに負けてられるか!
イソギンチャクに小魚にカニ。
見つけたからと言って褒美がもらえるわけでもないが、 どんな行動にも意味や打算があるとは限らないのだ。
私は私利私欲を捨て、ひたすら純粋な瞳で探索を続けたのであった。
(もうすぐ30になります。)

そうこうしているうちに夕方になり、少し早いが夕食にしようかと これまたKが仕入れていた情報でシラス専門店へ向かう。
安くて新鮮なシラスを食べさせてくれるお店だそうである。
異議はない。が、辿り着いてみて驚いた。
何だこの長蛇の列は。
若者からそうでない者まで、何かの面接待ちかのように道路わきの椅子に座っている。
私はげんなりした。
猫も杓子もシラスシラス。
馬鹿の一つ覚えみたいにシラスシラス。
どうせいつもはシラスなんて見向きもしないくせに。
そんなにシラスが旬だなんて、なんでみんな知っているんだヨ!(ちょっと悔しがってみる)
・・・大方どこかの番組だか雑誌だかで取り上げられたのだろう。
シラス専門店、無論悪いことではない。
季節感のある食べ物に価値を見出すのは四季のある日本の粋な風習だ。
だが、我々は既に昼食で生シラスを食べているのであるし、いくら安いからといっても 2時間待つ程の価値はあるまい。
その時間あれば、江ノ島のあちこちに仕込んである賽銭箱、の脇に落ちた小銭をこっそり 拾い集めて安くない店で同じようなものを食べられるのではないだろうか。
それに、もし仮に同じ質のシラス丼が他では食べられないとしても、 私にとって、2時間待つ程の価値のある食べ物など、ないのだ。
いつ果てるとも知れぬ貴重な人生、そんな風に無為に過ごすなど耐えられぬ。
Kは渋ったが、私は断固として却下した。


それで結局江ノ島を離れ、橋を渡った先で見つけた海鮮系の店で 夕食をとることにしたのだが、 まさか目の前で入った人で満杯になり、30分以上屋外で 待たされることになるとは。
ハハハ、こうやって予想外のことが起きるから、人生って楽しいんだよね。
Kの視線が痛かった。

もっともそうやって待って入ったその店の刺身定食はかなり贅沢で、 我々はかなり満足したのであった。
ーー何を思ったか天丼定食を頼んだYを除いて。
きっとこれも、シラス君達を綺麗に食べなかった事に対する天罰である。

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