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歯が抜ける夢

歯が抜ける夢を、よく見る。

まず一本。ぐらついている歯がポロリと抜ける。
続いて一本、また一本。
堅牢に見えた堤防が、ひとつの綻びから止めようもなく崩れ落ちるように、 私の歯は、連鎖反応のようにぼろぼろと抜け落ちていく。
いや、そうじゃない。
それは、“止められないもの”じゃない。
その抜け落ちていく歯の大部分は、“抜けないでも良かったかもしれない歯”なのだ。ぐらついてはいるというものの、それらはまだ、歯肉と繋がっているのだから。
だが、私は舌で押し出して抜いてしまう。
壊れるなら壊れてしまえ。この、僅かに希望が残っている中途半端な状態には、もう絶えられない。
そんな感じだ。
それで、私の歯は、どんどん抜け落ちていく。

そんな夢を、よく見る。


現実には、私の永久歯は全て残っている。
だから、歯が抜けていく恐怖を現実に味わったことは無いはずなのだが、 この夢を見たときの不安はまるで実体験に対する追憶のように、鮮明で、生々しい。
無論、朝起きて、ベッドから抜け出し、顔を洗い、もそもそと朝食を口の中に押し込んでいるうちに、 そのシーンに至るまでの夢の大部分は日常に紛れて忘れてしまうのだが、歯が抜けていくその感覚だけが、何故かリアルに残っている。
どの程度リアルかと言うと


「想像してください。今、あなたの首筋をナメクジが這ってます」


この字面を見て感じる「何か」程度にはリアルなのである。
ちなみに、オープンカフェでピザを食べている間に頭までナメクジが這い登ってきていたという異常な体験をしたのは、何を隠そう私自身である。

閑話休題。
何故、こんな夢を見るのだろう。

今の医学では、現実と夢の関係を厳密に説明することは出来ていないようだが、 その割りに、というべきか、だからこそ、というのか、夢分析は古今東西広く行われているようだ。 ネットで調べてみると、歯が抜ける夢と言うのは結構一般的な夢であるらしい。 「歯が抜ける夢」の検索HIT数は、「髪が抜ける夢」の20倍以上という人気っぷりである。
そんな人気のある夢をよく見るなど、独創性の無いこと甚だしいが、こればかりはどうしようもない。
いや、本当にどうしようもないのだろうか。
夢を見る原因が分かれば、その原因を・・・まぁどうにかこうにかすることで、なんとかなるのではなかろうか。

というわけで、歯が抜ける夢に対して何らかの説明をしているサイトをいくつか回ってみた。

その1
歯は乳歯から永久歯へと生え変わる。
歯が抜ける夢は、あなたの心が大人になろうとしていて、 子供では消化できないような気持ちも噛み砕くことができるように なることをあらわしています。


というか私はもうとっくに大人だ。
私が「まだまだ子供です。」なんて言おうものなら、「鏡を見てみろ」と言われるのがオチである。
とはいうものの、心は確かに子供なのかもしれない。 決まっていないのにメニューを聞かれたときに、必ず“一番好きとは言えない”ものを咄嗟に選んでしまう時の自分の気持ちを、私は未だ噛み砕いて理解することが出来ないでいるのだから。歯が抜ける夢を何度も見た、今でも。
・・・じゃあ違うじゃん。別に、噛み砕くことができるようになってないじゃん。

というわけで、この説明は却下。
大体、私の夢で、私の歯茎から零れ落ちていく歯は、乳歯ではなくて永久歯だ。
再生よりは寧ろ、死滅に近い印象だ。

どうでも良い話だが、今、ちょっと良いキャッチコピーを思いついた。


歯は乳歯から永久歯へと生え変わる。
そして、永久歯から入れ歯へと入れ替わる。

本当の永久歯は−

「薬用 ポリデント」


その2
歯が抜ける夢は束縛や苦痛から解き放たれて自由になれます。歯の治療は恋人ができるという意味。歯が全部抜ける夢は精神的に不安定になる、あるいは発病か失敗の暗示。

「歯が抜ける夢は束縛や苦痛から解き放たれて自由になれます。」
余計な部分を抜かすとー
「歯が抜ける夢は自由になれます。」
えーと、ちょっと文法的に意味が分かりません。まあいいや。
とりあえず、歯の治療をしている夢を見られるよう、頑張ろう。


その3
歯の抜ける夢を見ると、身内に不幸があるかもしれない。


・・そんなわけないだろ。

歯が抜ける夢を見るたびに身内に不幸があったら、私の親類は一人残らず死に絶えている筈である。
「かも」とついて、当たらなかったときの保険をかけているあたりが、 さらに腹立たしい。
そんな夢判断なら私だっていくらでも言える。

タコを食べる夢をみると、ちょっとした混乱に巻き込まれるかもしれない。
髪の毛の色が変わっている夢を見ると、過去の行いが蒸し返されるかもしれない。

実に下らない。

大体、自分の歯が抜ける夢と身内の不幸にどんな関係があるというのだ。
・・・と、ここで、思い違いをしていたのは自分のほうだということに気が付いた。 これは夢分析ではない。夢判断だ。 フロイトも大概胡散臭いが、夢分析と夢判断は似て非なるものだ。そこを混同してしまっていたのが間違いだったか。


気を取り直して、次の夢分析。


その4
歯が抜ける夢は無力感や主体性の欠如、歯が砕ける夢は直面している問題が受け入れ難かったり新しい経験を良く理解できないことを意味しています。


私が見るのは「抜ける」夢であるから、「無力感や主体性の欠如を意味しています」ということか。
まったく余計なお世話である。
とはいうものの、これまでの中ではかなりソレらしい答えではある。
私がこの夢を良く見ていた時期は、確かに何かしら問題を抱えて焦燥感に追われていた 時期と重なっていることが多いような気はする。
しかし、焦燥感と無力感は、そもそも違うものだ。 それになにより、何故、無力感が歯が抜ける夢と結びつくのか、全く説明がなされていない。その因果関係がはっきりしなければ、歯が抜けていく恐ろしい夢を根絶することは不可能ではないか。

全く、夢分析など何の役にも立たん。
役に立ちますよ、と誰かに勧められたわけでもないのに、勝手に憤慨してみた。


先日、大学の同期の結婚式に出席した。
幸せそうな彼の笑顔を見て、私も善人面になり、新郎新婦を祝福したい気持ち一杯になったが、 その反面、「まわりはこうやって幸せになっていくのに、自分は このままただ、老いていくのだろうか」と、漠然と考えていた。
その夜である。
私は久しぶりに歯が抜ける夢を見たのであった。


その5
歯が抜ける夢は、年齢とともに美しさや魅力を失うことへの恐怖や不安を表しています。


なんというか、そのままである。
今度ばかりは、夢分析を否定はできなかったのであった。

もっとも、失って困るほどの美しさや魅力を今もっているかというのは別問題である。

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