戻る
とんぼの一生
とんぼ。
トンボ。
蜻蛉。
どれも同じトンボである。
そりゃそうだろう。
漢字で書いたら赤とんぼ、とかだったら嫌だ。
尤も、女が男に向かって言う「嫌い」と「キライ」の間には大きな隔たりがあるが。
ところでこのトンボ、幼少のみぎりは生意気にも、「ヤゴ」なんて洒落た名で呼ばれているらしい。
ちなみにコイツは獰猛な肉食である。(あの、ティラノサウルスと同じ、
肉食だ!!
あの、ジョーズと同じ、肉食だ!!
あの、ライオンと同じ・・・しつこい?)
そのピラニアと同じ獰猛な肉食であるヤゴであるが、
以前、何時の間にか我が家のメダカの水槽に棲みついていた事がある。
「何時<いつ>でも何処<どこ>でも何者<だれ>にでも、
等しく無償の慈悲を与えよ」
仏教の教えに従って(いや、仏教の教義など
知らないが)、私はそのままソイツを放置しておいた。
何故お前はメダカを食ったのか?と彼に問えば、
そこにメダカ<餌>がいたから。なんて答えたのかもしれないが、生憎私はヤゴと意思疎通を図る
術を知らないので、分からないまま今に至っている。
いやしかし、彼の食事風景は、なかなかに興味深いものがあった。
あの、生き血を啜る、おぞましい姿。(+それをじっと観察している人間の姿)
メダカの学校は、さぞや混乱に陥っただろう。
生きるか死ぬか、の醜い争い。
「オイ、お前、次の餌になってくれよ!」
「そうだそうだ、お前が餌食になりゃあ世間は一昼夜は静穏でいられるんだ!」
「なっ何言ってんだよ!お前こそデカい図体してるんだから餌になれ!
冷静に考えてみろ、お前だったら二人分くらいにはなる。そうだ。
お前が餌になるのが合理的だ。理にかなっているんだ。
社会全体から見て、総合の被害が少なくて済む。
お前死ね。」
「な、お、オレには可愛い娘が!!」
「そうだよ、その可愛い娘の為にもお前が食われろ!お前が犠牲になりゃあ、
あの子の安全だってその分増えるってことだろ!!」
「お、お前こそ、生きてたって何の価値も無いんだ!っていうか死ねっ!死んじまえ!
食われてヤゴの肥やしになれ!」
ああ、嫌だ。なんて醜い骨肉の争い。
しかし、その混乱も、そう長くは続かなかった。
ある日の事である。
1999年7の月を待たずして、私は、恐怖の大魔王アンゴルモアの変わり果てた姿を
見る事になる。
その、神をも畏れぬアンバランスな食生活に対し天罰が降されたのだろう、
脱皮に失敗したらしいソレは、溺れ死んでいた。
ものの憐れ。
っていうかただの憐れ。
餌食となったメダカ達も、さぞや浮かばれない思いでその辺を漂っている事だろう。
だから肉食は駄目だって言ってるのに。
肉だけではなく、きちんと野菜も平等に食べてあげなくちゃね。
とは思うのだが、如何せん、野菜は嫌いで。
ほら、あの口の中で噛む時の感触が・・・。
ところで、天罰を免れたヤゴの場合、どうするかというと、これが感心な事に、
「出家」するのである。
文字どおり、皮を脱いで新しい人生を歩み始めるのである。
ちなみに彼の戒名は「とんぼ」。
だがしかし、飽くまで肉食に拘るらしい。
出家した彼は、生まれて初めて「恋」をし、運が良ければ意中のとんぼと子を生すのである。
出家したのに。
ちなみにこの姿は結構オープンで、秋には子作りに励んでいる
姿が日本全国で見うけられる。
さて、この恋の季節が終わると、とんぼは力尽きて死んでしまう。
今度こそ本当に御仏のお側に飛んでいくのである。
めでたしめでたし。
ところで、何故とんぼの話なんか書いたかというと、それはつい先日(一週間ほど
前)、ある運命的な出会いをしたからである。
深夜、いつものようにパソコンの前に座っていた私は、ぶるるるぶるるる、
という奇怪な音を耳にした。
恐る恐る辺りを見回した私の目に入ってきたのは、麗しきとんぼ様の御姿。
何故だか知らないが、私の部屋に迷い込んできて、ぶんぶん飛んでいたのである。
不法侵入だ。
次の朝にはもう姿が見えず、何処に行ったか訝しく思っっていたのだが、
今日、カーテンにへばりついたまま死んでいるのを発見した。
な・・・・・・・・・・・・・・・・・・何かの呪いだろうか?
<終>
戻る