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占い


注:占いを信じている純な人はあまり読まない方がよろしいでしょう。

つい先日、新聞のTV覧で、驚くべき投書を見つけた。
「某番組の星座占い<今日の運勢>では 順位が一番低い(=運勢が一番悪い)星座まで発表しているが、 自分の星座の運勢が悪いときは、その日一日なんだか気分が悪い。 なぜ、悪い運勢の星座まで言うんだ!!コノヤロウ。」
という主旨の投書であったと記憶している。うろ覚えだが。

現代日本でそんな意見を言う人がいるなんて、 <濡れた猫を乾かそうと電子レンジでチンして殺してしまったのは、 注意書きにきちんと『猫を電子レンジでチンしちゃいけません』と書いてなかったからだ>、 とメーカーを訴えた人がいるという話くらい驚きである。
占いなんて、良いときだけ信じればいいのである。
自分の運勢が良いときだけ「ふふん」と一瞬喜べばいいのである。
ちなみに、隣の人の運勢が最悪だった時には、もうちょっとだけ嬉しさが増す。
これを読んで「だよねー」と頷いた貴方はちょっとワルである。
ーその程度のものである。

そうは言っても、 確かに私にも、悪いことばかり書いてある占いを見てげっそりした経験が ないわけではない。
数年前、完全に運によって決まった「不遇の一年」というヤツを経験したこと があるのだが、その一年の間、新聞(日曜版)に載っていた星座運勢は、驚くほど 悪いものの連続であった。
「いや、それは大吉が入っていない御神籤並にありえないだろう?」
というくらい、長期間続いたのである。
『占いは、外れたときよりも、当たったときの印象の方が遙かに強い』
という心理分析を考慮してもなお、おかしなくらい長かった。
が、今から考えてみれば、当たっていたのは「悪い」というところだけであり、 細かい事柄は何一つ当たっていなかったように思う。
ま、大方、この占いを書いていた人が嫌っていた人間の中に、私と同じ星座のヤツが いたのであろう。・・・・・・まさか、書いていたのは私の知人じゃないだろうな。

大体、「ささいな意見の食い違いから恋人と喧嘩になっちゃうかも。 あまり我を張らずにね。」
などというふざけた説明が書いてある占いもあるが、
「ささいな意見の食い違いから恋人と喧嘩になっちゃう」可能性なんて いつだってあるわけだし、そもそも恋人がいない人は誰と喧嘩すりゃいいんだよ、 ということになる。
占いなんて、コンチキショーである。
人間の運勢が12個に単純に分けられる筈もないし、13星座だったらどうするのか、 とか、南半球の人間は見えている星座違うし、とかいうツッコミに対しては、 見事な程、返答不可能であろう。 (ちなみに、南半球では見える星座も違ければ、水を流すときに出来る渦も逆である。そして、 「渡り鳥は北へ向かい」という場合の「北」は暖かい地方を示す。全然情緒がない。 ちょっとした豆知識でした。)
さらに、誕生日占いや十二支占いなど、他の占いでは違う内容のことが書いてあること を考えると実に明確に占いというもののいい加減さが分かるというものである。

ここで具体例を挙げてみよう。
今日('02,3,31)の加勢大周(本名:川本伸博)の運勢(簡単のため恋愛に注目)はー。

星座はやぎ座。
恋愛運 100点
一生懸命に頑張る姿が、異性に好意的に映る時です。 見栄を張らない素直な態度が幸運を招く鍵になるでしょう。

誕生日は昭和44年12月29日。
恋愛運 60点
人生を左右するような、運命的な事が起こりそうです。同時に、性にも縁が深まるでしょう。
想いを寄せる異性から食事の誘いがありそうです。思わぬ邪魔が入るかもしれませんが、 うまくかわせればハッピーな一日となるでしょう。

サバをよんでいなければ、十二支では酉。
明るい前向きの姿勢が全てに繁栄する時
ただし、恋愛は小吉

ちなみに動物占いでは、彼は猿であり、こちらの加勢君は純情型。
「なぜか恋に対してだけは不器用。カケヒキできない直球勝負型で傷つくことも。」
であるらしい。




おいおい、そんな事調べてどうすんだよ。お前、暇人ダロ?
占いなんて、どうせもともとテキトーなもんなんだからさ。

あなたは今そう思ったのではないだろうか。
そう、それこそ私が意図したことである。
苦労して別にファンでも敵でも何でもない人間の運勢を調べまくって 自分の貴重な時間を費やした甲斐があるというものである。
一般的に「占いなんて、どうせもともとテキトーなもん」なのである。
だから、それに拘って、悪い運勢の時に苛ついたりするのは、 どう考えたって頭が悪いし損なのである。
まったく・・・加勢大周の生年月日を覚えちまった。

つい先日も、こんなことがあった。
「今週の幸運」を読むと、例えば魚座の覧には
「控えめで穏やか。一見、優柔不断に見える。」
と書いてある。
これのどのあたりが「今週」の「幸運」なのだろうか。
今週は控えめで穏やかにしていると幸運が来るってことなのだろうか?
じゃあ、「一見、優柔不断に見える」ってのは何だ?
というか、「控えめで穏やか」な人は、いつだって「一見、優柔不断に見える」 ものだと思うのだが。
どうみてもこれは「運勢」の話ではない。
と、突っ込みどころ満載だが、まぁこの際、そんなことはどうでもいい。
問題は、この後の、我が家での会話である。
私がこの「今週の幸運」を読んでいたとき、たまたま父親が隣にいたので、 父親の星座の覧を読み上げてあげた。
それを聞いた父は、
「ふうん、まあ、当たっているな。」
と言った。そこで、私は母親にも声をかけた。
「お母さん、えーと、『人当たりが良く如才ない。臍を曲げると頑固になります。』だって」
母は答えた。
「あら、当たっているわね。」

「ふぅん。・・・今の、他の星座の運勢だけれどね。」(笑)

占いなんてそんなものである。


にも拘わらず、占いが流行っている現代は、ちょっとばかり理解しがたいものがある。
我々は、もっと論理的に物事を考えるべきではないだろうか。

こんな風に、理性の代弁者のようなことを述べてきた私であったが、 実は、少し個性の強い初対面の相手には必ず、
「血液型なに?」(←4種類しかない)
と聞いてしまうのであった。

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