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兄の結婚式

先日、兄の結婚式が行われた。
実は電撃結婚である。
出来ちゃった婚ならまだしも(?)そうではないのに出会って数ヶ月で 結婚を決めるなぞ、早計も甚だしい。
例えば春なら花粉症による鼾がうるさくて耐えられなくなるかもしれない。
例えば夏ならクーラーの温度で決定的な断絶を感じるかもしれない。
例えば秋なら食欲か芸術欲かで性格の不一致が判明するかもしれない。
例えば冬ならお雑煮は味噌派か醤油派かで常識の差に愕然とするかもしれない。
ちなみに私は醤油派である。
日常生活における些細な擦れ違いというものは、些細ではあっても案外 根本的な相性の問題に関わってくる。 最低1年(=全季節を一度)はつきあわないと、そのあたりは分かってこない。 運命的な何かを感じたとかなんとかほざいていたが、 これからの何十年を、たったの数ヶ月の付き合いで決めてしまうなぞ、 あまりに軽はずみな行動である。

・・・と、以前、兄貴を小馬鹿にした台詞を知人に向かって吐いたことがあったが、 後で気付けば、その知人は出来ちゃった結婚で、出会って数ヶ月で結婚せざるを 得なくなった人だったのであった。


さて、結婚式当日。
ブーケやら着替えやらで荷物が多いため、タクシーに乗っていくことにする。
運転中、助手席に乗った父と運ちゃんとの会話が始まる。

父「○○ホテルまで」
運「えーと××あたりですっけ?」
父「はい。そうです」
運「いやあ、私、この仕事初めてからまだ8ヶ月でしてね〜」
ハッキリとは言わないが、どうやらリストラされたらしい。

運「結婚ですか〜。めでたいですねぇ」
父「ええ、まぁ。ーそちらもお子さん大きいんじゃないですか?」
運「いやあ私はバツイチですから」
父「あ。なんか悪いこと聞いてしまいましたね。」
運「いえいえ。息子が二人いましてね。一人引き取ったんですが、 九州に行ってしまって全然よりつかないんですよ。 今は犬と二人っきりの生活です。」

結婚式当日だというのに、リストラ、離婚と不景気な話である。
あまりの話に私は結構楽しかった。

が、楽しんでばかりはいられない状況になりつつあった。
母と兄と私はブーケを膝に乗せてタクシーにの後部座席に収まっていたのだが、 私が持っていたブーケに、1匹、悪魔の手下が這い回っていたのである。
その名はー名を呼ぶのでさえおぞましいがー「アリ」、である。

そして静かなる攻防が始まった。
虫嫌いの私は顔どころか手足も声帯もひきつって、 声もなくアリと格闘(実際は自分から遠ざけるだけの消極的行為なのだが) し続けていた。
しばらく一進一退の緊迫した状況が続いた後、不意に、アリの姿が見えなくなった。
バイオハザードなら「ギシ・・・ギシ・・・・」と、物音だけが 聞こえて姿は見えない状況である。
キョロキョロと車内を見渡す。

・・・・・・いた!

ヤツはバツイチの運転手の背もたれあたりをせわしなく歩き回っていた!!!


・・・まぁいいか。
自分さえよければ良いのである。
とりあえずは、私の今そこにある危機は去ったのであった。

が、ほっとしたのも束の間、ヤツは再び襲撃してきた。
バイオハザードなら、殺したと思った敵が生き返ってきたという状況である。
私は反射的にブーケを遠くへ押しやっていた。
クシャリと音がして、前部座席と私のつっぱった手の間でブーケが苦しそうに 圧されていた。
「お前よりブーケが大切なんだ」
確か、タクシーに乗る前に、兄貴がそうのたまっていた。
だが言わせてもらえば、私も「ブーケなんかより私の今の方が大切」なのである。

さて、無事式場にも辿り着き(リストラにあって間もないバツイチのタクシー運転手さんは、見事に道を間違えたが)、我々は暫しの休憩の後、親族控え室へと向かったのであった。

結婚式というのは、結婚する両人とその両親以外にとっては時間も金も取られる はた迷惑な催し物であるが(しかも3万包んだのに引き出物が紅茶一缶だったり するとたまらない)、 結婚式が、通常は一生に一度だからこそ、そんな我が侭がきく文化になっている のであろう。 また、こんな時でもないと親戚一同が集まることもない、という利点もある。 そう考えると、結婚式と葬式はかなり共通点があるのだな、と、改めて思う。 ただし、結婚式は必ずしも一度とは限らない。 ・・・出来ることなら、結婚式と同じように、自分の葬式も何回か繰り返せる可能性があれば楽しいのだが。

親族控え室から、ホテルに付属の偽物チックな祭壇の部屋へと入っていく。
「式の間カメラを取るのはご自由ですが、バージンロードは踏まないように」、と 係のお姉さんが注意する。
こんな偽物チックな場所でも(だからこそ、か?)そんな決まりがあるのかと、 少々興味を引かれた。
式が始まり、期待を裏切らない背格好の外人の牧師さんが入ってきた。
それだけでちょっと私は楽しくなった。
続いて、似非厳かな雰囲気の中で、いやに短いバージンロードを花嫁さんが歩いてきた。
一体あのバージンロードを歩く花嫁の何割がバージンなのか、というのも 言い古された皮肉であるが、私としては、式の前後でどのくらいのホテルマンが バージンロードに乗っかって作業をしているのかが気になるところである。

式が始まる。
牧師が、何やらうさんくさい日本語をぶつぶつと言い始める。
彼らはきっと、「流暢ではない日本語講座」を受けているのに違いない。
もし、流暢でない日本語を習得できず、 うまく日本語が話せるようになってしまったら、本国に強制送還。
アーメン。
アーメンといえば、式の前に会場のお姉さんが、
「アーメンと言うのは、『そうなって欲しい』と願う意味があります。 牧師が言いましたら、続けておっしゃってください」
と言っていたため、アーメンという単語がいつ出てくるか、それだけが 気になってびくびくして、他の単語はあまり頭に入ってこなかった。
そういえば、今まで「アーメン」という言葉を「御愁傷様」と同じ意味だと 思っていたが
「彼女に振られちゃったよ」
「アーメン」(そうなりますように)
随分失礼な話であった。
ちなみに、「Amen to that」というのが御愁傷様の意味である、らしい。

式が進み、クライマックスへ。
「エイエンノアイヲー」というアレだ。
「♪永遠ていう言葉なんて 知らなかったよね」と歌った某安室波平が 結局は「永遠という言葉なんて知らない」まま破局を迎えたように、 永遠の愛を誓うのは無意味なばかりかどこか傲慢な気すらする。
まあそうは言っても、式自体、形ばかりのお祭りだ。
そう目くじらをたてることもないが、何事にもツッコミをいれたくなるのが私の常。
そんなことでも考えていないと退屈で寝ちまう。

式が無事終わり、親戚一同による写真撮影が始まる。
私は写真がー特に証明写真系が苦手であり、緊張のあまり首のあたりが痙攣を 起こすほどであるが、流石に兄弟の結婚式で「取りたくない〜」と駄々をこねるわけ にもいくまい。じゃあ取らなくて良いよ、とあっさり追い出されるのが関の山である。
私は頑張った。なんとか乗り切った。
まあ多少、私の部分だけ手ブレが酷いように見えるかもしれないが (実際は被写体が震えているのだが)、大して問題にはなるまい。

その後、披露宴が始まる前に、ちょっとした小休憩があった。
そこで、私は新郎新婦が貰ったらしい聖書を預かった。
そういえば私も小学生の時分、同じ様な新約聖書を貰ったことがある。道端で。
当時は大した知恵がなかったから思いつきもしなかったが、あれは 古本屋に持っていけば、いくらかの小遣いになるらしい。
と思ったが、頁を開いてみたら、あちこちにマーカーで線が引いてあった。
どうやら式の間に読んだ部分らしい。
・・・これじゃ売っても二束三文だな。

披露宴が始まる。
スピーチも適当な長さで、早速食事タイムである。
私は普段から小食・・というか、食べるのが非常に遅いため、会社の同期と 食べる昼食も、半分程度残すのが普通である。
ちなみに、亀並に遅い、と書こうとしたが、以前うちで飼っていた亀を考えると、 亀は決して食べるのは遅くない。
さて、そんな私であるから、友人の結婚式なんかでは猫の皮を一枚被っていることも 手伝って、美味しそうな食事もあまり食べることが出来ない。
が、今回は身内の結婚式、大して上品ぶる必要もあるまい。
目標を「完食」に設定する。

そして黙々と食べ続けている間にも式は進み、定番の「二人初めての共同作業」 の時間になる。

ケーキ入刀。

私の頭の中で、「乳頭」という漢字に変換された。

そしてその後、キャンドルサービスが始まる。
以前、友人の結婚式にて、キャンドルに火を付けるために頭を下げるたびに くすくすと笑いが起こったことを思い出した。
ー新郎の頭頂部が薄かったのである。

幸い、兄の頭頂部はまだ冬枯れには至っていないらしく、ステーキを前にした私は、 雑念にとらわれることなくラストスパートをかけた。

完食。そして終了。

新婦のお母さんが号泣したり、新婦の上司が 「彼女は仕事はイマイチでしたが、まぁそれも結婚退職と言うことでー」 と本音を漏らしたりでそれなりに興味深い式であったが、 終わってしまえばどうということはない。
特別仲の悪い兄弟ではなかったと思うが、結婚式で涙が出るほど麗しい兄弟愛を育てた 仲でもない。
料理も、決してまずくはなかったが、それほど美味しくもなかった。
ちなみにワインは美味しくなかった。

披露宴の後、親戚一同でホテルのラウンジでお茶をする。Do some tea.
コーヒー一杯安くて1000円。これにサービス料と税金で10%上乗せされる。
50円分(これは小学3年生時分の私の一ヶ月のお小遣いである)のサービスを受けた覚えはない。
たとえそこは譲っても(本当はそこも譲りたくないが)、原価、場所代、人件費、 諸々込みで、せいぜい200円だろう。
ちなみに、父親が頼んだハーブティーを一口飲ませてもらったが、 歯磨き粉をお湯で溶かしたような味がした。
・・・私なら300円で20杯は作れる。

お茶を飲んでも疲れがとれるわけでもなく、家に辿り着いた私は へとへとだった。
バイオハザードで言えば、体力ゲージが「赤」って状況である。
ちなみに疲れの1/3は、式が終わり家に辿り着いた後、母親の肩を揉まされた所為である。

・・・貴重な日曜がつぶれ、疲れた一日であったが、とりあえずめでたいことにしておこう。

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